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はじめに:療育で大切にしている7つのスキル
カラフルでは、子どもたち一人ひとりの成長を、7つの発達スキルという視点で捉えています。
なぜ7つのスキルなのか? それは、子どもたちの発達を多角的に理解し、一人ひとりに合った支援を提供するためです。「できる・できない」という単純な評価ではなく、「どの力が育っているか」「どこに支援が必要か」を具体的に見つめることができます。
この7つのスキルは、ピラミッド構造で説明しています。下層には「集中・注意のコントロール」「ワーキングメモリ・論理的思考」「感情の調整」があり、中層に「自己効力感」「社会性」、上層に「自己表現」「メタ認知」が位置します。

しかし、ここに重要な疑問が生じます。
ワーキングメモリ(作業記憶)は、発達障害のある子どもたちにとって、生まれつきの制約が強い領域です。最新の研究では、ワーキングメモリの容量は訓練によって大きく改善することが難しいことが示されています(Rodas et al., 2024)。
では、ワーキングメモリの容量が限られている子どもたちは、自己効力感を獲得できないのでしょうか?
答えは明確に「いいえ」です。実際の療育現場では、ワーキングメモリに困難を抱える子どもたちが、確かな自己効力感を育んでいます。この記事では、この現象を科学的に解き明かし、「発達の迂回路」という視点から実践的な支援方法を提示します。
ワーキングメモリを正しく理解する
ワーキングメモリは「情報を一時的に保持しながら処理する能力」です。先生の指示を聞きながら手を動かす、レシピを見ながら料理するなど、日常生活のあらゆる場面で使われます。
2024年の最新メタ分析(Rodas et al., 2024)では、52の研究を分析した結果、ワーキングメモリ訓練による改善効果は非常に小さい(効果量 = 0.18)ことが示されました。訓練した課題そのものは改善しますが、異なる課題への転移は限定的で、知的能力などへの効果はほぼ見られません。
ただし、重要な区別があります。ワーキングメモリの容量は訓練効果が限定的ですが、効率的使用は戦略や補償手段によって改善可能です。バケツの大きさは変えられなくても、水の運び方や別の道具の使い方は学べるのです。
なぜ「迂回路」が可能なのか
脳の補償機構
神経科学の研究では、脳には「補償機構」が備わっていることが明らかです。認知機能に困難がある場合、脳は別の認知経路を活用したり、長期記憶との連携を強化したり、外部ツールとの統合を最適化したりします。
自己効力感の4つの獲得経路
心理学者Albert Banduraの自己効力感理論(1997)は、この「迂回路」の可能性を裏付けます。自己効力感は以下の4つの経路から獲得されます:
- 成功体験:最も強力な源泉。重要なのは、成功体験はワーキングメモリに依存しない活動からも得られること
- 代理経験:他者の成功を観察することによる学習
- 言語的説得:信頼できる他者からの具体的なフィードバック
- 生理的・情動的状態:リラックスした状態での取り組み、不安の軽減
自己効力感の獲得は、単一の認知能力に依存しません。ワーキングメモリが弱くても、適切に設計された経験を通じて、確かな自己効力感を育めます。
自己効力感と自己肯定感:療育で重視すべき両輪
療育の現場では、しばしば「自己肯定感」が強調されます。確かに自己肯定感は重要ですが、自己効力感との関係性を正しく理解することで、より効果的な支援が可能になります。
自己肯定感とは: 「ありのままの自分を認め、自分には価値がある」と感じる感情のことです。これは存在そのものに対する肯定であり、「できる・できない」とは無関係に、自分を受け入れる力です。
自己効力感とは: 「自分には目標を達成する能力がある」という行動に関する自信です。「自分ならできる」「きっとうまくいく」と信じて、実際に行動に移せる力です。
両者の違いと関係性:
| 自己肯定感 | 自己効力感 | |
|---|---|---|
| 対象 | 自分の存在そのもの | 特定の課題・行動 |
| 性質 | 感情(無条件の受容) | 認知(根拠に基づく自信) |
| 表現 | 「自分は大切な存在だ」 | 「自分ならできる」 |
なぜ両方が必要なのか:
自己肯定感だけが高くても、「自分には価値がある」と思えても、「でも何もできない」と感じていれば、行動に移すことが困難です。反対に、自己効力感だけが高くても、失敗したときに「自分には価値がない」と感じてしまえば、立ち直ることが難しくなります。
療育における理想的な関係:
- 自己肯定感が土台:失敗しても「自分には価値がある」という感覚があれば、再挑戦できる
- 自己効力感が推進力:「自分ならできる」という感覚があれば、新しいことに挑戦できる
- 相互に強化:成功体験(自己効力感の向上)が「自分って素晴らしい」という感情(自己肯定感)を育み、自己肯定感があるからこそ失敗を恐れず挑戦できる(自己効力感の発揮)
カラフルでの実践:
私たちは、この両方を育む支援を心がけています:
- 自己肯定感のために:結果だけでなく、取り組む姿勢そのものを認める。「できた・できない」ではなく、「挑戦したこと」を評価する
- 自己効力感のために:適切な難易度の課題で成功体験を積み重ね、「自分にはできる」という確信を育む
ワーキングメモリが弱い子どもたちにとって、自己肯定感は特に重要です。なぜなら、認知的な困難さゆえに失敗経験が多くなりがちだからです。「できなくても、自分には価値がある」という土台があってこそ、補償戦略を使った「できる」体験(自己効力感)が積み重なり、真の成長につながります。
発達のピラミッド構造は「理想的発達経路」であって「唯一の経路」ではありません。下層が弱い場合、上層の発達に「より多くの支援」と「代替経路」が必要になるのです。

実践的アプローチ:7つの補償戦略
では、具体的にどのような支援が有効なのでしょうか。科学的エビデンスに基づく7つの戦略を紹介します。
1. 外部記憶ツールの活用
ワーキングメモリの負荷を、外部のツールに「オフロード」します。
具体的方法:
- 動画教材:視覚と聴覚の両方で情報を提示
- 組み立て手順書:各ステップを視覚的に提示
- ホワイトボード:やるべきことと時間を外部化
- 視覚スケジュール:時間の流れを可視化
科学的根拠: 外部記憶の活用は、ワーキングメモリの負荷を軽減し、課題への集中を可能にすることが実証されています(McNamara & Scott, 2001)。
カラフルでの実例: Scratchプログラミングでは、複雑な手順を動画教材で提示することで、子どもたちは「次に何をするか」を記憶する負担なく、プログラミングの論理そのものに集中できます。ある子どもは、「動画を見ながらだと、自分でゲームが作れた!」と興奮気味に報告してくれました。この成功体験が、プログラミングへの自己効力感を大きく高めました。
2. ルーチン化による手続き記憶への転換
繰り返しによって、意識的なワーキングメモリを使わずに実行できる「手続き記憶」に転換します。
具体的方法:
- 活動の開始・終了の手順を固定する
- 「いつも同じ場所に、いつも同じものを置く」
- 決まった時間に、決まった活動をする
科学的根拠: 手続き記憶は、ワーキングメモリとは異なる脳領域(大脳基底核)に保存されます(Ullman & Pullman, 2015)。ASDを含む発達障害児でも、手続き記憶の形成は比較的保たれていることが多いです。
カラフルでの実例: Minecraftでの建築活動において、最初は「材料を集める→作業台で道具を作る→建築する」という手順を毎回忘れていた子どもが、3ヶ月の繰り返しで、自然にこの流れを実行できるようになりました。「今日は全部自分でできた!」という達成感が、次の活動への意欲につながっています。
3. 視覚支援の徹底
言語的指示の負荷を減らし、視覚優位性を活用します。
具体的方法:
- 組み立て手順書での工程の視覚化
- 写真や図を用いた指示
- 色分けによる情報の整理
科学的根拠: ASD児の多くは視覚情報処理に優位性があり、視覚支援は課題理解と実行を大きく助けます(Hodgdon, 1995)。
カラフルでの実例: レゴブロックの組み立てでは、言葉での説明ではなく、写真付きの組み立て手順書を使用します。複雑な手順でも、視覚的に「次はこの形」と示されることで、ワーキングメモリの負担なく、子どもたちは自分のペースで組み立てを楽しめます。完成時の「できた!」という笑顔は、何よりの自己効力感の表れです。
4. スモールステップと即時フィードバック
一度に処理する情報量を減らし、小さな成功を積み重ねます。
具体的方法:
- 課題を小さなステップに分割
- 各ステップでの成功を明確に認識させる
- 即座に肯定的フィードバックを提供
科学的根拠: スモールステップ法は、認知負荷理論に基づく有効な教育戦略です。小さな成功の積み重ねは、Banduraの「成功体験」に直結します。
5. 環境調整による認知負荷の軽減
注意散漫を防ぎ、課題に必要な情報のみに集中できる環境を作ります。
具体的方法:
- 静かな場所での活動
- 視覚的な刺激の整理
- 必要な道具だけを机に出す
科学的根拠: 環境調整は、限られたワーキングメモリ資源を、課題そのものに集中させることを可能にします。
6. 得意領域からの自己効力感の獲得
ワーキングメモリに依存しない、あるいは依存度の低い活動での成功体験を設計します。
具体的方法:
- 視覚的創造性を活かした活動(デジタルイラスト)
- パターン認識を活かした活動
- 運動系の活動
カラフルでの実例: 言語的な記憶が苦手でも、視覚的創造性に優れている子どもがいます。デジタルイラストでは、複雑な指示を覚える必要なく、自分の感性で作品を創り出せます。「先生、見て!こんなの描けた!」という達成感は、他の活動への挑戦意欲にもつながります。
7. メタ認知的戦略の明示的指導
自分の認知プロセスを意識し、コントロールする力を育てます。
具体的方法:
- 「困ったときは、手順書を見る」という戦略の明示
- 「わからないときは、友達に聞く」という選択肢の提示
- 自分に合った学び方の発見を支援
実践例:療育現場での具体的シーン
事例1:ワーキングメモリの弱さを補償戦略で乗り越えたケース
子ども:タケル君(8歳、ADHD) 困難:複数の指示を同時に覚えられない、手順を忘れる
初期の状況: ScratchJrでの活動において、「①背景を選ぶ、②キャラクターを選ぶ、③動きをプログラムする」という3ステップの指示を覚えられず、毎回「次は何するんだっけ?」と質問していました。
支援の内容:
- 各ステップを視覚化した手順書の活用
- 動画教材で、各ステップの実行方法を提示
- 完了したステップにチェックマークをつける仕組み
3ヶ月後の変化: タケル君は手順書を見ながら、自分のペースでプログラミングを進められるようになりました。「できた!」という達成感から、より複雑なプログラムにも挑戦し始めています。保護者からは「家でも『僕、プログラミングできるんだ』と誇らしげに話しています」との報告がありました。
自己効力感の獲得経路:
- 成功体験(小さなステップでの達成)
- 言語的説得(スタッフの具体的な承認)
- 代理経験(他の子どもの作品を見て「自分もできる」と感じる)
事例2:得意領域での成功が全体的な自信につながったケース
子ども:サキさん(9歳、ASD) 困難:言語的指示の理解が苦手、社会的コミュニケーションに不安
初期の状況: 集団活動では、口頭の指示を聞き漏らすことが多く、「自分はできない」という思いを抱いていました。
支援の内容:
- 視覚的創造性に優れていることを発見
- デジタルイラストでの活動を中心に据える
- 組み立て手順書を使った個別活動を提供
6ヶ月後の変化: デジタルイラストで素晴らしい作品を創り出し、施設内で展示されました。「みんなが『すごいね』って言ってくれた」という経験から、サキさんの表情が明るくなり、他の活動にも積極的に参加するようになりました。
自己効力感の獲得経路:
- 成功体験(得意領域での達成)
- 言語的説得(具体的な作品への評価)
- 生理的・情動的状態(不安の少ない環境での活動)
事例3:ルーチン化による安定した自己効力感の形成
子ども:ユウタ君(7歳、知的発達症を伴うASD) 困難:ワーキングメモリの容量が著しく限られている、新しい活動への不安が強い
初期の状況: 毎回の活動で「何をするか」を思い出せず、不安から活動への参加を拒否することがありました。
支援の内容:
- 活動の開始と終了の手順を完全にルーチン化
- 毎週同じ曜日に同じ活動を実施
- 視覚スケジュールで1日の流れを提示
1年後の変化: ユウタ君は、ルーチン化された活動を「自分でできる」という実感を持って取り組めるようになりました。スタッフが「今日は何曜日?」と聞くと、「火曜日だから、レゴの日!」と嬉しそうに答え、自分から準備を始めます。この「予測可能性」が、ユウタ君の安心感と自己効力感を支えています。
自己効力感の獲得経路:
- 成功体験(予測可能な活動での達成)
- 生理的・情動的状態(不安の軽減)
まとめ:ピラミッド構造の新しい理解
発達のピラミッド構造は、「理想的な発達経路」を示すものであって、「唯一の経路」ではありません。
重要なポイント:
- ワーキングメモリの容量は、訓練で大きく改善することが難しい
- これは科学的事実です
- しかし「改善が難しい」≠「何もできない」
- 脳には補償機構が備わっている
- 弱い認知機能を「迂回」する経路が存在する
- 外部ツール、ルーチン化、視覚支援などが、その「迂回路」を作る
- 自己効力感は複数の経路から獲得できる
- 成功体験は、ワーキングメモリに依存しない活動からも得られる
- 適切に設計された支援によって、確かな自己効力感を育める
- 「育ちにくい」は「育たない」ではない
- より多くの支援、より工夫された環境が必要
- しかし、その支援があれば、子どもたちは確実に成長する
ワーキングメモリの弱さは、子どもたちの可能性を制限するものではありません。
私たちの役割は、子どもたち一人ひとりに合った「迂回路」を見つけ、整備することです。
- 動画教材や組み立て手順書で、記憶の負担を減らす
- ルーチン化で、安心して取り組める環境を作る
- 視覚支援で、理解しやすい情報提示をする
- 得意領域で、確かな成功体験を積み重ねる
これらの支援は、「特別なこと」ではなく、すべての子どもたちが持つ学ぶ権利を保障するための、科学的に裏付けられた方法です。
発達のピラミッドは、子どもたちを評価するための「ものさし」ではありません。それは、私たちがどのような支援を提供すべきかを考えるための「地図」です。
その地図には、一本の道だけでなく、たくさんの迂回路が描かれています。
私たちは、子どもたち一人ひとりに合った道を、共に探していきましょう。
参考文献
- Baddeley, A. D. (2000). The episodic buffer: A new component of working memory? Trends in Cognitive Sciences, 4(11), 417-423.
- Bandura, A. (1997). Self-efficacy: The exercise of control. W.H. Freeman.
- Hitch, G. J., Allen, R. J., & Baddeley, A. D. (2025). The multicomponent model of working memory fifty years on. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 78(2), 222-239.
- Hodgdon, L. A. (1995). Visual strategies for improving communication: Practical supports for school and home. QuirkRoberts Publishing.
- McNamara, D. S., & Scott, J. L. (2001). Working memory capacity and strategy use. Memory & Cognition, 29(1), 10-17.
- Melby-Lervåg, M., & Hulme, C. (2013). Is working memory training effective? A meta-analytic review. Developmental Psychology, 49(2), 270-291.
- Rodas, J. A., Asimakopoulou, A. A., & Greene, C. M. (2024). Can we enhance working memory? Bias and effectiveness in cognitive training studies. Psychonomic Bulletin & Review, 31(5), 1891-1914.
- Ullman, M. T., & Pullman, M. Y. (2015). A compensatory role for declarative memory in neurodevelopmental disorders. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 51, 205-222.
この記事は、カラフルスクール(https://colorful-school.jp/)の療育実践に基づき、最新の科学的知見を踏まえて作成されました。